逆恨みする韓国


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 慰安婦の碑は日本への復讐だというが・・・。以下、松木國俊氏の記事を引用する。
『米ニュージャージー州ユニオンシティーで今月4日、同国で6番目となる慰安婦の碑の除幕式が行われた。碑には、「日本帝国陸軍によって性奴隷になることを強制された数十万の女性と少女を記憶にとどめる」と刻まれている。
 昨年10月には、韓国の国会議員らが渡米して、ロサンゼルスに米国各地の総領事を集め、慰安婦問題を拡大させていくよう指示している。韓国系団体は今後、全米20カ所以上に慰安婦の碑を設置する計画だという。韓国は現在、米国を巻き込み、官民をあげて日本たたきを始めている。
 事実無根の「強制連行」を記した碑の撤去を求めて、米国に飛んだ日本の地方議員有志は「学校から帰った息子が[自分には日本人という汚い血が流れている]と泣きながら机に頭をたたきつけ、可哀そうにと息子を抱きしめて一緒に泣いた」という母親の悲惨な告白に茫然(ぼうぜん)とした。日本人子弟への陰湿なイジメが始まっていたのだ。
 なぜ、韓国人はここまでやるのだろう。
 もし、安倍晋三首相が「過去は謝罪する。子供たちがイジメられないように慰安婦の碑を撤去してほしい」と頭を下げたらどう応じるだろうか。彼らは「自業自得」「因果応報」といって一蹴するに違いない。そう、「慰安婦の碑」は、日本への彼らの「復讐(ふくしゅう)」なのだ。
 韓国では、歴史をねじ曲げた「反日教育」で育った人々が、人口の大半を占めるに至り、「日本は絶対悪」「韓国は絶対善」という図式が出来上がった。日本寄りの発言をすれば、たちまちバッシングを受けて韓国社会から葬られ、場合によっては命までも失う。
 もはや誰もブレーキをかける者がいないため、「日本の悪行」が次々に“創造”され、韓国の歴史認識に繰り込まれてきた。慰安婦問題はその典型だろう。このように反日感情自家中毒してできた歴史観を世界に広げ、日本に押し付けているのが現状の姿である。
 李氏朝鮮時代、半島では祖先の恨みを晴らすために、相手の子孫を同じ目に合わせた。「先祖の恨みは決して忘れず、憎悪は世襲される」という気質を引き継いでいる彼らは、祖先が日本の植民地支配に苦しんだ(と教えられた)恨みを、日本を植民地にすることで晴らしたいのだろう。
 しかし、現代の世界ではそれができない。その代わりに「慰安婦問題」を喧伝して日本の国際的地位を低下させている。慰安婦の碑を建てて1000年先まで日本人が世界中から蔑まれることで、「恨み」を晴らそうとしているのだ。韓国にとって日本は永遠に償い続けるべき存在であり、謝罪を受け入れることなど決してない。
 安易に謝罪すれば、「虚構」が「事実」になるだけだ。この状態を打破するには真実を持って反論し、韓国の人々を反日中毒から解放する以外にはないだろう。(2014.08.30 zakzak)』(http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140830/frn1408301000001-n1.htm
 復讐と言われても、実際は復讐される様なことは、何も韓国にしていないのが歴史の真実だ。
 それに対して旧世代の日本人は、取りあえず頭を下げておくことで対処しようとした。日本が悪くないのは勿論、皆が知っていた。だけど事実関係を争えば角が立つから、相手を立てて済まそうと思ったのだ。ところが、その適当な対応が話をややこしくした。
 日本国内ならば、自分が悪く無くても謝っておけば済んだことだったろう。だが海外で日本の理屈は通じない。その意味で、日本でしか通じない理屈で適当に問題を済まそうとした旧世代の日本人には、傲慢さがあったのだ。ことを収めるのに意見を戦わせ、結論を出すという世界では普通にする当たり前の努力を怠ったのだから。
 戦わずして問題を解決することなど、日本国内でしかできないのだ。
 問題が生じたら全て、全力を掛けて戦い、自己に有利な立場を獲得する。そのために時には、何度も何度も終わりなく執拗にバトルを繰り返す。それが日本の外側での常識なのだから。
 日本は戦うという努力を避けて、ニコニコしながら頭を下げれば済むと思った。だが、そういう何の努力もしないふざけた態度が、大きな困難を日本に呼び寄せた。
 もし日本人の理屈で全てを解決したいと思うなら、世界では、まず、その前に相手を叩きのめして日本人の理屈を押しつけるというプロセスを踏む必要がある。ぶん殴って叩きのめし、相手が死に体になって抵抗できなくなってから、日本人のルールを押しつけて、こちらから手を引き頭を下げる。それならまだ分かる。だが戦いもせず、いきなり頭を下げた。その符抜けた根性が相手から見透かされるから、日本人は世界で真剣に相手にされないのである。
 常に戦い、時には武力で相手を撃滅する。その気迫を持って対峙しなければ平和を求める日本人の理想は世界で通じないのだ。この国の外側では、平和は戦う努力によってしか維持されない。戦前の日本人は、その当たり前の常識をよくよく分かっていた。今の日本人は、もう一度、正しく戦前を学びなおし、何故、日本人が死に物狂いで日清・日露・支那事変・大東亜戦争を必死に戦っていたか思い出す必要がある。
 闘争する態度を取り戻すのだ!
 この世界で生き抜く為に!



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