佐野氏謝罪なし


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 五輪ロゴを取り下げた佐野研二郎氏が「人間として耐えられない」とコメントを発表。盗作疑惑については改めて否定した。
『2020年東京五輪の公式エンブレムの使用中止を受け、佐野研二郎氏は1日夜、自身のホームページで「もうこれ以上は、人間として耐えられない限界状況」などとするコメントを発表した。
 佐野氏は、エンブレムを「伝統的かつ新しい日本、東京を表現すべく大胆に、そして丁寧にデザイン致しました」と説明。原案も最終案も、模倣や盗作は断じてないと改めて疑惑を否定した。
 一方で、自身のメールアドレスに中傷のメールが送られ、家族や親族の写真もインターネットにさらされるなどのプライバシー侵害を受け、「これ以上今の状況を続けることは難しいと判断し、取り下げに関して私自身も決断致しました」と説明した。(2015.9.1 産経ニュース)』(http://www.sankei.com/affairs/news/150901/afr1509010032-n1.html
 ここまで謝罪しない人も珍しい。


 トートバックの件や空港写真盗用など自分の落ち度を棚に上げ、完全に被害者になり済ましている。
 日本人は、悪くなくても簡単に謝罪すると良く言われている。だから日本が外国に対して簡単に謝罪することを、私は日ごろ批判している。しかし日本人同士の場合は別である。
 何か問題が起きた時、仮に自分に直接の落ち度が無いにせよ、自分がそこに居合わせて問題に関与したと感じた場合、それを収拾できない自分の力の無さを恥じて謝罪するのは、日本人であれば当然の所作である。
 問題に直面しながら、自分に落ち度はないと逃げるのは、日本人として恥ずかしいことだ。
 そういう意味で、佐野氏は、最初の会見の時からして日本人的ではなかった。


 仮に佐野氏の言い分を100%聞いて何の盗用が無かったとしても、佐野氏のデザインが発端となって様々な問題が起きたのは事実なのだ。だとすれば、自分のしたデザインのせいで関係者や国民に迷惑を掛けた事を、佐野氏は最初に問題が起きた時、深く反省してデザインを取り下げる必要があった。それが社会人として必要な態度ではなかったか?
 佐野氏は余りにも多くの人達を敵にしすぎた。五輪のような国民的なイベントで、国民を敵に回したのが最大の失敗である。
 そもそも佐野氏の五輪ロゴが国民に好かれるものではなかった。最初から国民に好かれるロゴなら、国民の方から守ろうという動きが起きることだってある訳だから。
 結局、佐野氏のデザインには、日本人を引き付ける力が無かった。そうした力のあるロゴをデザインできなかったのは、佐野氏の責任だし、そんな「ヘボ」なデザインを選んだ審査委員の節穴ぶりも糾弾されるべきなのだ。

 
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